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目?耳?身体?(VAK)

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NLPを勉強している友達に、人が物事を認識する五感には優先度があって、視覚優位な人、聴覚優位な人、身体感覚優位な人がそれぞれいるらしい。以前に聞いた話がずっと心に残っていて、ある日ふと、うちの母はきっと”視覚優位な人”なんだろうな、と思った。



今では仲良しの私達母娘でも昔はしょっちゅう衝突していてよく言い争いをしました。最近は目立ったケンカはしないけど、それでも面白くないことはたまにあります。先日カチンと来たのは、食器洗いのスポンジの件かな。

今年の春に我が家は水周りを改装したのですが、うちの母はたとえ工事の業者さんでも他人が家に入る場合は見た目をとても気にする人で、結果としてちょっと使い古した感じのタオルや歯ブラシなどが知らない間に一斉交換されていたりするのですが、タオルや歯ブラシならまだしも、「自分にとって絶対そこにそれがなくてはいけない!」という日用品や雑貨であっても、お構いなしにどこかに寄せたり隠したりするので、私達家族は「そんなにそこにコレがあるのが嫌なわけ?」と誰もがカチーンと来て、自分の持ち物と自分自身が完全却下されてしまったような気がするわけです。

いつぞやなんて、うちの主人が以前に移動焼き鳥屋さんをやっていたときに、来客時に廊下や玄関先に置いていた商売道具を物置に全部隠されてしまい、彼が帰ってきてから後片付けに非常に手間取り大激怒!いったい人が仕事上必要でそこに置いているものまで、なんでこうも人目に触れさせずに隠してしまうのでしょう?そうすると主人のセリフのように、「俺が焼き鳥をやっているのがそんなにイヤか?そんなに隠したいのか?そんなに人目が気になるのか?」というところに共感してしまいます。

さて今回のスポンジは、水周りを改修していたときに母が交換したもので、少し大きめで使いにくかったのですが、「母が自分で気に入って買って来たものだから…」とそのまま使っていました。内心は、「使用感のある見た目なので、このままではお気に召さないんだろうなぁ。」と、思いつつ^^。そしてそれがボロボロになってきたので、私は同じサイズのものを購入。だいたい女性はこういう些細な事で人にゴチャゴチャ言われるのが嫌なので、無駄な衝突を避けるために事前回避しますよね(笑)?本人が気に入って使っているのなら、それに合わせるのがこの際一番よね(笑)。

ところがウチの母、そのすぐ後に今度は今までと同じ小さいサイズのスポンジに勝手に変えちゃったんですよね。 え…(絶句)「買って来たばかりなのにどうして交換するの?」「だって大きくて使いにくいんだもん。」「でもこの前のはお母さんが気に入って買って来たものでしょ?」「あ、あれは家に最初からあったものなの。」「じゃ、大きくて使いにくくてもずっと我慢していたの?」「いやあれはそうでもなかったけど、今回のは固くてちょっとやりにくい。」(ふーん、新品だからじゃないのかしら…)

うちの人じゃないけれど、どうにも感じが悪い^^。サイズだとかボロボロだとか毎回いろいろ言っているけど、つまりは「(自分以外の)他人が選んで買った他人のもの」だから嫌なんじゃないの?少々大きくても使いにくくても、「自分が決めたもの」だからいいんじゃないの?(ま、要するに本当はたぶんそういうことなんだろう…)

結局、いつもの言い争いの原因はこんなところにもあって、何かあると私は彼女に自分のやることを逐一非難・否定されているようで腹が立ち、そこに突っ込みを入れると、「変だ」「それはおかしい」「被害妄想」と猛反論されてお互いに感情的な摩擦になるのですが、思えばうちの母はきっと”視覚優位”の人なんでしょうね。違和感を覚えるものがそこにあると嫌で嫌でしょうがないんですね、たぶん。そしてそれは理屈ではどうにもならないことなんだね。だから全エネルギーを注いででも、目に見えるところから抹殺しちゃうのね。もちろん違和感の理由はいろいろあると思うけど、そこまで自分に対して敏感な人じゃないので、本人的には、気の向くままにただやっている、という感じなんでしょうね。

そう思うと、確かに母の言うとおり、母の側から見ると、何かやるたびに腹を立てて文句を言う私達は、「おかしいんじゃない?」という事になるんですが、私を含め他の家族達はそういった行動から相手の本音を読み取ろうとする意識がいつも働くタイプなので、「こういう行動を取ったから彼女は実はこう感じているのだ」と結論付けをしてしまいがちです。そして母VSその他の家族軍団ではどうしてもこの件ではギスギスしてしまうわけです。相手の感覚ではさほど大きな意味のない行動なのに、すぐに推論と感情的な関連付けをしてしまうので、私達も悪いのですが、思えば嫁と姑の不仲なんていうのも、きっとこういうところが発端なんだろうなぁ…と思ったり。

見た目に違和感を感じるとすごく嫌な人、音が嫌いだとすごく嫌な人、触感が悪いとすごく嫌な人など、世の中にはいろいろな人がいて、それは生体としての特性でもあるので、変えようのないものだと思うのですが、そこまでの好き嫌いがない人にとってはその人達の行動は、「私が何か悪いことでもしたのかしら?」と思うに十分で、きっとそこから感情の亀裂を自分自身で作ったりするのかもしれませんね。

コーチングを勉強すると、「4つのタイプ分け」という性格によるアプローチの違いが必須項目になっていて、ICF=国際コーチ連盟が必須としているのでどの認定スクールでも必ずカリキュラムに入っているのですが、性格というよりもたぶん持って生まれた思考回路の違いなんでしょうね。そういう事に少しずつ気がついていくにつれて、あまり怒ったり腹が立ったりしなくなっていく私でもあります。

人のタイプは様々で、「みんな違ってそれでいい」。理屈ではわかっているつもりでも、実際にはこれがなかなか難しいですよね。
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人材育成コンサルタント、プロコーチ、研修・講演講師 笹崎久美子の外部ブログ。
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