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自分のウソを見破る

手紙



上手くはないかもしれませんが、
文章を書くのは好きです。


今日のように、懸案がすべて一段落して、
好きな事で自分を解放したい時には、
真っ先に文章(それも少し長いやつw)を書きたくなります。


文章と言うのは、伝えたい項目があるときに、
それを相手に十分伝わるように伝達する手段ですが、
書き手にとっては、それだけではないんですよね。


文字を打っていく段階で、立ち止まったり考え込んだり、
それまでの自分自身を内省して、
深い思索の中に身を沈めていく作業だとも思います。


    *    *    *    *    *    *


「書くのが好き」という気持ちがあっても、
なかなかそれを思い通りに形にできなくて、
何を書くにも、ものすごく時間がかかっていた私ですが、
そこに変化が訪れたのは、30代前半のときですね。


その頃、私は、あるアーチストが大好きで、
ファンクラブにも入っていたのですが、
当時はそれほど売れているわけでもなかったので、
周囲に思いを述べ合う仲間が誰もおらず、
たまたまファンクラブの会報で目にした、
「文通募集」の文字とその方のご年齢を見て、
自分に近い雰囲気を感じて早速申し込んだんです。


今から20年も前のことですから、
当然、携帯もPCも一般的ではなく、
私は当時、サンモール一番町にあった、
丸善の二階の文具コーナーで可愛いレターセットを
時間をかけて吟味して買い求め、
少し緊張しながら言葉を選んで、
文通の申し込みをしたのを覚えています。


ところが熱い思いを語り合うために始まった文通でしたが、
そのアーチストに思いもかけず、
国民的な大ヒットが生まれてしまったり、
その後、音楽性がどんどん変わっていたりして、
文通相手は変わることなく「熱い」のに、
私自身は、少々冷めた思いが生まれ始めて、
毎回先方の便箋に書き込められている
絶賛・賞賛の言葉に対応していくのが、
段々、辛くなってきてしまいました。


今思えば、私には、
「そうですね」「本当ですよね」と、
相手に合わせて無難にやりとりを続けていく
選択肢もありました。


でもね、自分を偽って相手も偽るのは、
やっぱり嫌だったんですよね・・・
他人を騙してしまうような
申し訳ない感覚が消えませんでした。


だから先方から手紙が届くたびに、
毎回、真剣すぎるぐらいに考えに考えて、
相手を傷つけず、でも自分も偽らず、
かつ、自分が今思っていることが、
少しの過不足もなく文章に載るような表現を、
本当に深く深く考えました。


今振り返ると、この真剣作業が、
とても気づきの多かった時間でしたし、
今の自分に繋がる大変効果的なトレーニングでした。


相手の方が「先月発売の新作も最高ですよね!」
と書いて来ても、今や自分はそこには賛同できない、
かといって、駄作とも思わない、でも、
「前みたいなのだったらいいのに」という不満は残る・・・


というときに、さすがに能天気に、
「私もそう思います。最高ですよね!」とは、
書けないのよ、やっぱり。


そんなことに気が付き始めると、
私の今までの文章は、
嘘っぱち(自分の真の本音を反映していない)だらけ、と、
段々自覚し始めて、
「じゃ、私の本音ってなんだろう?」と、
深海を手探りするように、毎回、毎回、
本気で長く内省するようになりました。


そうするとね、真実とかけ離れたことを、
自分ではそうと気づかずに書いているときは、
文章が全く進まないのよね。
変なところでつまずいて先に進めなかったり、
表現に迷ったり、何度も何度も「これじゃない」って、
書き直したり・・・


要するにこれは、自分の書いたものと自分の真実が、
無意識にケンカしているってことなんだろうなぁ…
などと思って、これでブレない、もう齟齬はない、
と思うところに到達するまで、書いて消して書いて消して、
また書き直しては、見直してまた消して・・・


もちろん先方は、そこまでのことは求めておらず、
ただ一緒に、キャーキャーと気軽に盛り上がって、
同じ思いを共有し合いたいだけなのはわかるんですが、
なんだかこのときは、こだわりたかったんだね、私。


    *    *    *    *    *    *


その後、相手の方は、方向転換し、
違うアーチストのほうに走り始め、
私もファンクラブは退会してしまいました。


今はかろうじて年賀状のやりとりがあるだけなのですが、
あのときの、自分の文章を何度も精査して、
「違う」「これじゃない」「こういうことじゃない」
と、的確な言葉を探し求めていたプロセスは、
まさに、自分の本音を自分でつかんでいく作業にほかならず、
言い換えれば、何気ない文章に入り込んでいる自分のウソを、
見つけて見破って、真の核心を特定していく
貴重な時間だったと思います。


そしてこの辺から、私は、思った事を思ったままに、
何のフィルターもかけずに、偽りなくストレスもなく、
自由自在に書けるようになってきたんですよね。


今思えば、他愛もないファンクラブつながりの文通を、
なぜ、あんなに、真剣に真面目に深く考えていたのか、
今はわかりません。


でも今は、神様がプレゼントしてくれた、
脱皮の期間だと思っているんです。
これがあったお蔭で、自分にとって文章を書くことは、
単なるコミュニケーションのひとつの手法というだけでなく、
偽らない自分の心の海を自由自在に泳ぎまわって
自分を解放するための有効な手段であることがわかりました。


ただ、文通相手のTさんには今も謝りたいんですよね。
あのときは、真面目すぎてごめんね。
Tさんのワクワクする熱くて盛り上がる気持ちを、
しっかりとキャッチできなくて、ごめんなさい。


Tさん、このブログ、見てるかな。
今は二人ともお互いに、孫がいる身ですけどね(^_-)-☆


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人材育成コンサルタント、プロコーチ、研修・講演講師 笹崎久美子の外部ブログ。
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