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別れの朝になるなら

朝_w200



昨日、仙台中央倫理法人会のモーニングセミナーで、
スコップ団 団長の平了さんから、
震災後の泥かき活動で見聞きした様々なお話を伺いました。


あるおばあさんが朝のうちにおじいさんとケンカして、
おじいさんが車で出かけるときに、
「どっかにぶつかって死んでしまえ」
と心の中で思っていたらその日に地震が来て、
おじいさんは亡くなってしまったそうです。
おばあさんは「あんなこと思わなければ…」と、
いまだに後悔し、その事をずっと思い続けているそうです。


あぁ、わかります。
これ、私もすごく気を付けている事なんです。


東日本大震災で改めて思った事は、
私達が物事に対して予想をつけていることなんて、
しょせん長い長い地球の歴史から見たら、
ものすごくほんのわずかな情報だけを元にしている現代人の浅知恵で、
実際は私達が今まで経験した事のない、
どんな事が起こってもおかしくないし、
それはいつでもあり得るんだな、ということ。


そうでなくても世の中は、
事件や事故や災害などでいつ何があるかわからないのだから、
出かけるのを見送った朝がたとえ最後の朝になったとしても、
「行ってらっしゃい」と声をかけた家族と自分がそれぞれに、
家族として幸せだったと思える別れを迎えられるように、
自分はいつでもどんなときでも、
家族に対して幸福を提供しないとダメだな、
と、より強く思うようになりました。


元々小さいころからそんなに仲が良くなかった母に対しての、
拒否的な態度を変えたのも全く同じ理由からです。


70代(当時)を迎えた母の今後を思うと、
病気や怪我や事故である日突然亡くなってしまったら、
母の人生は、娘に認められず受け入れてもらえず、
嫌われて悲しくて寂しくて切ないまま終わる人生になっちゃう。
自分自身がその後も後悔せずに顔を上げて生きていくためにも、
このままじゃあかん!と思ったからなんです。


私がはみ出し者の娘だったせいで、
小さいころから母は私に対しては否定的で否認的だったのですが、
そこに反発を感じて母を嫌い、母を避けて嫌悪している様は、
自分がやられて一番嫌だったことを人にもしている、
と、思ったんです。夫にも同様。ダメじゃん、あたし。


それからは考えを改めて、
いつなんどき、不意の別れがやって来たとしても、
お互いが、親子でよかった、夫婦でよかったと、
思える最期を迎えられるように、すごく意識するようになりました。


だから今は家族のお出かけは必ず玄関先や外まで出て、
明るい声と笑顔で見送ります。
怪しい雲行きの時は、出かける前に解消しておきます。
事故や災害がなくなって、生には限りがあるのだから、
いつか別れは必ず来るんだよ。


やがて来るそんな日に、
今日、今の、この日このときの事を思い出して、
楽しかったな、幸せだったなと思えるように、
家ではいつでも暖かい空気と笑いのある会話を心がけてます。


だって夕ご飯のときにふと思うんだもん。
今日のこの一瞬を懐かしく思う日が必ず来る。
そのときのために、今しかないこの時を大切に過ごそうって。
顔、声、会話、笑い、しぐさ、いつか会えなくなる日のために、
幸せな気持ちと一緒に記憶にしっかり焼き付けておくんだ!


自分がまずそう思って雰囲気づくりに努め、
いつでも褒めて認めて感謝していると、
家族の会話って本当に質が変わって来るんですよね。


朝、仕事に向かう夫や外出する母を見送るたびに、
震災後は「これが最後かもしれない」とよく思うようになりました。
でも今日は大丈夫!母も夫もイキイキと笑顔で出かけて行ったから。
うん、オッケー!そう頷くところから、私の1日が始まります。
 

 
 

 
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