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捨てて捨てて生きていくのだ。

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ここ数日、なんとなく気乗りしなくて、
日々手つかずのまま後回しになっていたのが、
長男の結婚式に参加してくれる親戚の、
着付けと髪セットの取りまとめ。


私、冠婚葬祭って超苦手なんです。。。
というか、この年になっても「よくわからない」というのが、
非常にお恥ずかしい話しなのですが、
やっぱりそういう、普通は誰でもわかっていそうなことが、
「わからない」というのは、
大きな劣等感もありましてですね^^
ひとつひとつ何をするにも不安が先立ちまして、
小さなことでも、ものすごく躊躇しちゃうんですよね。
有体に言いますと、なにをやるにも「怖い」んですね。


ところがそういうところにあまり悩みのない友達も一杯いるんです。


ある私の友人は、昨年ご両親のお葬式を出しました。
でも私は自分のそんな感覚なので、
自分たちがお葬式を出すなんて、えーどうしようという感じです。
もう考えたくもないよーーーーー!!
…と、彼女に話すと、けろりとした顔でこういうんです。
「そんなの慣れている人なんて誰もいないんだし、
だいたい葬儀屋さんがみんなやってくれるんだから、
言われたとおりにやっていればいいわけだし。。。」


なるほど。確かに。それは確かにその通り。
やっぱり経験者の発言は説得力とリアリティがあります。


でも私ね、ちょっとだけレイアウトの仕事をしていたときに、
ある衣料品店の広告制作で「この辺に適当に花の写真貼っておいて」
と代理店さんから言われて、
なーんにも考えずに菊の花の写真を貼った人です(笑)


…で、当然ものすごく怒られました。
「こんなこともわからないの?」って。
でもね、わからない人っていうのは、
自分が色々わかっていないという事すらもわからないものなのよね。


だから、専門用語が出てくるたびにドキドキしちゃうわけ。
留袖という言葉さえ、私にとっては立派な専門用語です!
何が留袖なんだか、全然わかんないよー!
襦袢とか言われたらさらに難易度高いから、
きっと汗かくと思います。


この大きな劣等感は一体どこから来るのか?
それはたぶん、そもそも自分がセレモニーとか、
しきたりとか習慣とか、TPOの服装とかに、
あまり興味がないところから来ていると思います。


興味がないから何も考えずに素で普通に振る舞って、
あとで思い切り母親に怒られるわけです。
「なんなの?今日のあれは?」って。
またはすぐその場で、ブリッブリ感情的に怒られます。
それはもう、最大限に恐怖でしたよ。


そうでなくても、そそっかしくて、
全身が凍りつくぐらい、しょっちゅう怒られていたので、
内容がなんであれ、「怒られる」ということに、
ものすごく過敏に反応してしまうんですよね。


以前聴いた白石豊先生の講演会のお話で、
自信のなさはセルフイメージの低さで、
セルフイメージは、他人からの声掛けと、
自分自身からの声掛けでつくられる、というのは、
誠に真実でまさに本当だな、と思い知らされます。


それではいったい今の私は、何を恐れているの?
もう子供じゃないし母はほとんど怒らないし。


そう思ってよく考えてみると、
「わからない」「わかっていない」という事が、
要所要所で他人様に露見する事が怖いんだね、私は。


親戚にホテルでの着付けや髪セットの予約が必要かどうかを聞くのも、
もっと突っ込んだ専門用語(具体的には留袖等(笑))が、
出てきたらどうしようとか、
これまた一切まったくわからない和装の小物類に関して、
聞かれたらどうしようとか、
そう思うと億劫で面倒で不安でしょうがないわけ。
だから1日1日と先延ばしになっちゃう。。。


    *    *    *    *    *    *


ですが、それでいったい誰が迷惑で誰が傷つくんだい?
と自問してみると、単に自分が恥ずかしい、
ただそれだけなんですよね(笑)


だから「恥ずかしい」さえクリアしちゃえばいいわけです。


じゃなんで「恥ずかしい」かというと、
人に良く思われたいとか、自分の評価を落としたくないとか、
そういう自分の欲が発端になっているんだね、これが。


で、あれば、そこはあっさり捨てちゃえばいいわけです。


「えー、こんなことも知らないの?」
「はい、そうです。」


「笹ちゃんって本当にわかってないよね。」
「その通りです。」


「そんなに無知で大丈夫?」
「大丈夫じゃありません。だから教えてください。」


これだよね。
わからないから教えてください。


考えてみたら「教えてください」って言わらたら、
私ならうれしいな。
それに仕事の目線で言うと、「わからない」を理由に、
物事に逃げ腰な人には、個人的にあまり好印象がないし、
「わからない」を連発する人には、
「だったらわかれよ、努力しろよ」って思います。


だから、認めたうえで覚えたい姿勢を見せる、
そこはちょっと頑張る。それがいいかな。
だってそれが現実だもの、
見栄張ったって、こればっかりはしょうがないのだ!


    *    *    *    *    *    *


…という、七面倒くさいを心のプロセスを経て、
ついに先日、皆さんに電話。
終わってみれば、なんてこたぁない、
全員、洋服だってさ(笑)
あー、よかった、世の中そんなものよね♪(←急に強気www)


でもね、だから私、不安の強い人や、
何かを苦手に思って前に進めない人の気持ちってよくわかります。
そういうときは、等身大の自分を素直に認めて、
周りからよく見られたい思いを、
ひとつひとつ捨てていくしかないんだよね。
だって、「わからない」のは確かな真実なんだもの。
そこを認めないうちは、何ひとつ変わっていかないと思います。


皆さんが思っている以上に、
苦手なものや苦手な事、劣等感や不安が強い私なのですが、
毎回そんな対象を見つけては、つまんで拾い上げ、
「こら、お前、いったい今度は何にこだわっているんだい?」と自問して、
「ほら、またよく思われれようと思っている!」と気がついて、
ほんでもって、虱潰しのようにそれらを、
ひとつひとつ捨てていくんだよね。


明るく強く前向きに生きていくということは、
自分にとってはそれの膨大な積み重ねなんだな、と思う毎日なの。
本当にそう思います。


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人材育成コンサルタント、プロコーチ、研修・講演講師 笹崎久美子の外部ブログ。
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