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津波ってこういうことだったんだ










昨日で東日本大震災から9か月経ちました。


幸い私の家は地震でも家屋自体に大きな被害がなく、
津波の影響もありませんでした。
また沿岸部にはあまりご縁がないため、
親戚や親しい友人で亡くなった方もおらず、
宮城県に住んでいても直接の被害はなかったほうだと思います。


ですがこの時期、喪中のハガキが多く心が痛みます。
直接ではなくても、
所属している団体の会長さんが津波で亡くなったり、
友人のご両親が今も見つからないなど、
とても「被害が少なくてよかった」などとは言えない状況なのですが、
それでもあれから9か月経ち、
様々な生々しさが一段落して思うことは、
今回の震災で、「津波ってこういうことだったんだ」と、
初めてわかったことです。


お恥ずかしい話ですが、
海沿いに住んだことがなく見聞の乏しい私は、
今までなんとなく津波というのは大きな波だと思っていました。
そう、例えて言えば、ビッグウェンズデーみたいな。
または葛飾北斎の富嶽三十六景(神奈川沖浪裏)みたいな?
海沿いの家々が壊れるのは、大波の破壊力だと思っていました。


でも今回、決してそうではないことが非常によくわかりました。


確かに津波は「波」なのでしょうが、
イメージ的にはそうではなく、
海面が10メートルも20メートルも、
大きく上昇するということなんですね。。。
防災として町の被害をリアルに思い描くためには、
自分はそう考えたほうが捉えやすいです。


それによって浴槽から勢いよくあふれる風呂水のように、
車を浮かし、建物をすべらせ、
重量があるはずの家々や倉庫や小さなビルが、
まるで洗い場の桶や石鹸入れのように、
こんなにもあっさりと流されていくなんて。。。


やがてそれらが瓦礫の塊になって、
今度は先々のものを黒い水流と共に、
バキバキと破壊していく…それが津波なんだな。


私達は普段、自分の住む町が1メートル以上浸水するなんて、
あまり考えたこともなく暮らしています。
もしそれを考えてみたとしても、脳裏に浮かぶのは、
浸水が一段落した後の家の中や街中の風景であり、
水の動きやスピードまでは思い至りません。


ですが実際に想像したこともない大容量の水やってきて、、
勢いが早くエネルギーが非常に強ければ、
建物が動いてしまうことはなんとなく理解できます。
当然車だって簡単に浮いて流されてしまうでしょう。


また、人が歩ける水の深さは、
緩やかな流れでも成人男性で70㎝、
女性なら50㎝ぐらいが限度だそうですが、
流れがとても早ければたとえ30㎝の深さでも、
とても立っていられないと思います。
一瞬で足元をすくわれて流されてしまうかもしれません。
これもそう言われれば想像がつきます。


ですが、よく考えればわかりそうなこれらの事柄を、
現実の災害とリンクさせた事はほとんどなく、
それが身近に起こるとも思っていませんでした。
なぜなら、私が今まで具体的に知っている「津波」というのは、
漁港などを撮ったニュース映像で、
「潮位の上昇を観測しました」と報道される程度のものだったからです。


もちろん、過去の津波被害を知らないわけではありませんでした。
報道番組で「以前ここまで水が来た」という映像や取材も見ました。
でもね、やっぱりここまでの想像はつきませんでした。


スマトラ島沖地震の津波の映像もそのときは見ていました。
けれど遠い南の島の出来事で他人事のような感覚でした。
リゾート地で建物や街並みの様子も日本とは違うので、
同じ感覚で見ていなかったというのが正解かもしれません。


なので今回初めて身近な現実の事として、
ネット上で様々な動画を目にするたびに、
「津波とは要するにこういうことなんだ」と、
今更のように痛感する連続でした。


多くの動画が最初は、
幾分イベント見物的な感覚でのどかな雰囲気さえあるのに、
その数分後には「まさか」と目を疑う空気に変わっていて、
非常にリアルだな、と思います。


来るはずのないところまで水がやってきて、
あり得ない光景が目の前で起こるなんて、
たいていの撮影者の方は想像もしなかったのではないでしょうか。


ですが、それが自然災害なのだと思いました。
「あり得ない」は、ないんですね。
それがこの震災で一番感じたことです。


幸い(と言っていいのかどうか)、
今回はたくさんの方が津波の様子を動画に撮って、
ネット上に公開してくださっています。
それらを見て初めて、私のように、
津波が本当はどういうものなのか知った方も多いと思います。


多くの方がおっしゃっていますが、
私達はこの記憶を風化させることなく、
確かなイメージとリアリティを持って、
次の世代に津波の恐ろしさを伝えていくのが、
亡くなった方に今約束できる、
自分たちの義務かな、と思っています。




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先週(12/6-8) 東松島市(矢本地区)の在宅被災者に電気毛布やゆたんぽなどの支援物資を配りに行って来ました。

在宅被災者は家が2階建てだったということで避難所を出され、仮設住宅にも入れず、震災直後から自力で食料や家財を調達し、自宅で住めるように泥だし、修繕をしてきたそうです。

過疎分散地域での市町村合併の弊害により、行政は細部までいきわたっていないようで、「震災後初めて支援物資が届いた」ということでした。「自分たちは、忘れられている、取り残されている」という思いすらあるようです。

仮設住宅も断熱処理されていないので、これからどうなるのだろうかと不安なようです。

石巻や気仙沼、陸前高田などはたまにテレビでも見かけます。
現状も、そのような地域があることも決して忘れてはいけないことだと思います。

jobsfriendさん、ご無沙汰していました。コメントありがとうございます。おっしゃる通り格差は大きいと聞いています。

「できる範囲で」としか言えませんが、小さなことでも役に立てればいいなぁと自分も思います。
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