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震災~当事者はわからないんです

一週間前の今日は、
まさに東日本大震災(東北関東大震災)の地震当日の夜でした。
私の住む仙台では震度6という大きな揺れを記録しました。

 

長男も次男もそれぞれ県外で働いているため、
私の家族は現在大人が3人ですが、当日夫は夜勤で不在。

 

地震で家具などが倒れモノが部屋中に散乱しましたが、
家そのものに大きな被害はなく、
実母と2人で宮城県沖地震の夜を思い出し、
あ~あ~また電気が通るまで2~3日かかるわね~などと、
「やれやれ」みたいな感じで苦笑しながら、
残っている電気釜のご飯などを確かめるなどして、
意外に平和な日没でした。

 

それよりも数時間前の、
3月11日金曜日14:46分。

 

前日の夜に出張先の青森県から自宅に戻り、
「今日はお仕事の依頼元の会社さんに、
旅費の精算に行かないと…」などと思いながら、
2泊3日の疲れもあってなんとなく午前中からウダウダしていると、
ふいに家が軽く揺れ始めました。

 

前述のように私は宮城県沖地震の体験者ですが、
あのときはガガガガ…と電動ドリルのような、
未経験の強い縦揺れのすぐ直後に、
ゴーンゴーンとものすごく強い横揺れが来たので、
瞬時に「デカいのが来た!」とすぐにわかりましたが、
今回はそうではなく最初はカタカタ揺れる感じだったので、
当初はありがちな普通の地震だと思いました。

 

ところがそれが一向に終わらないので、
自室から茶の間に行くと、母も自室から茶の間に出てきていました。

 

2人で「地震だね」などと言っているうちに揺れが強さを増してきて、
目の前で書棚の本や茶箪笥のお茶道具などが飛び出し始め(うわー)、
台所で色々なものがガチャンガチャンと倒れている音が聞こえて、
ガシャーンととても嫌な感じでモノが壊れる音がしたので
(今思えば窓ガラス。隣家の瓦が落ちてきて窓を直撃した)、
「外、外、外に出よう」と何となくいそいそと庭に出た瞬間に、
突然立っていられないぐらいに地面が激しく大揺れに揺れました。

 

思わず2人で「キャッ」と叫んでしゃがみこみ、
家が倒れるのが心配なので庭の奥まで入り込んで、
立木につかまって揺れが収まるのを待ちました。
今までになく強くて長い揺れだったので、
本気で家が倒壊するんじゃないかと思いました。

 

    *    *    *    *    *    *

 

揺れがひととおりおさまると近所の人達が皆出てきて、
「すごかったねぇ」「強かったねぇ」「家ん中滅茶苦茶だわ」
などと口々に言いながらそれぞれが自宅の様子を語りつつ、
一応なごやかに談笑。

 

自宅に戻ると、あらら、電気が停電です。
ビデオデッキのデジタル表示もルーターのランプも皆消えています。
当然TVもつきません。

 

母がすぐに自分のポータブルラジオをつけて持ってきたので、
2人で耳を傾けるとアナウンサーが緊迫した声で、
何度も「大津波警報」と読みあげています。
何となくいつもと違う雰囲気ですが、
「大津波だって」「あらー」会話はそれで終わり、
私達はすぐにメチャメチャになって足の踏み場もない家の中の、
後片付けに入りました。

 

前回の宮城県沖地震の時と同じ規模なら、
電気がつくまでたぶん数日かかるので、
明るい今のうちに室内に歩けるスペースと、
寝る場所だけでも作っておかないとね。

 

    *    *    *    *    *    *

 

さて災害時はいつもそうなのですが、
母のAUも私のWillcomも通じない為、
また電話が集中して通話規制でもかけているのだろうと思いました。

 

夜になったら頃合いを見てまたかけようなどと考えていると、
NTTの固定電話のほうに長男から電話が。
「あ、お母さん、家大丈夫?家族はみな無事?」
「うん、家の中はメチャクチャだけどこっちは大丈夫だよ!」
「あ、そう、だったらよかった。」と短く終了。

 

長男の電話で気が付き、今頃思い出しました。
そうだ!こういうときのためにNTTのアナログ固定回線を残してあったんだ!
NTTのアナログ回線は電話機に対して独自に電力も供給してくれるので、
停電時には絶対便利と思い、たとえ市外通話がかさんでもこれはこれで、
サービスがなくなるまでは使い続けようと思っていたんです。

 

そうだ、そうだ、そうだったよ^^
連絡手段は携帯だけじゃないんだった。。。
家の電話があったじゃーん
(そのときまで本気で忘れていました)

 

早速それからはその電話を使って、
母と交代であちこちの親戚に電話をかけ始める。

 

すると東京の妹がね、「ちょっとなんで逃げないの?逃げて!」
って差し迫った感じで言うんです。

 

「え?なにそれ?どういこと?」

 

「え!!!知らないの?今名取川(自宅近くの川)が、
すごいことになってんのよ!水とかそっち、来てないの?」

 

「え…水???いやこっちは別に普通だけど?」

 

「やだもう、TVで見て私なんかもう、
あー、これはもうダメだ!と思って覚悟していた。
袋原にも水が来て絶対家も流されたと思った。
何度も何度もメールしたし電話もつながらないし。」

 

「えーだってさー停電だしTVは見れないしネットできないし、
電話だって携帯はどこも繋がらないし…」(のんき)

 

「水、もう来てんのよ!近くまで!」(緊迫)

 

「必ず逃げてね」と念を押されて電話を切ったのはいいけど、あたりは静か。
周囲は非常にのどかで平和なのでなんだかとても違和感があります。
急に世の中は一体何がどうなっているんだろう?と知りたくなりました。

 

停電しているということはTVが全く見られないと言う事です。
しかもネットもつながりません。携帯がダメなのでそちらのメールも来ません。
ラジオはありましたが、母も私もそれぞれの親戚に電話するのが忙しくて、
あまり真面目に聞いていなかったよ。
うー!!ネット見たい!Twitter見たい!今何がどうなってるの?

 

あ、そうか!イーモバイルがあった!
PCのバッテリーは劣化していて長持ちしないけど、
あーー、そうだ、そうだ、車のシガーソケットから電源取れる、
インバーターを私持ってたんだった!!
(なぜこういう事をすぐに思い出さないんでしょう。。。)

 

大至急車のエンジンをかけネットが見れるぐらいにPCに充電。
そのPCをイーモバでつないで母と二人でニュース映像を見てみると!! 
うわ!なにこれ!
家から自転車で少し行ったところにある、
閖上(ゆりあげ)の町全体に津波が来ている!うわー!
子供達が中学生や高校生の頃によく釣りに行っていた近隣の港町が、
こんなになっているなんて!

 

しばらくするとまた妹から電話が。

 

「逃げないの?」(緊迫)

 

「あ、今やっとネットつないでニュースの動画見た。すごいね。」(のんき)

 

「絶対逃げた方がいいから。ね!逃げてよね!」(緊迫)

 

結果的に自宅近くまで水は来ませんでしたが、
その後のラジオなどで私達は初めて、
今回の地震が自分たちの住む宮城県だけでなく、
東日本全体に甚大な被害を及ぼした、
広範囲のものである事がわかりました。

 

ですがそのときはまだピンと来ておらず、
それを初めて実感したのが、翌日一枚だけの紙面で届いた、
地元の河北新報の見出しと各地の写真を見たときでした。
つまりそれまでは今回の地震がどんなもので、
自分達の身近なところで一体何が起こっているのか、
あまりよくわかっていなかったのです。

 

電気が止まりTVもみられず電話もネットも通じないというのは、
そういうことなんだ、とよくわかりました。

 

ということは電気もあって電話もネットもつながる遠隔地の人のほうが、
正確な情報を詳細にわかっていているわけで、
そんな中で当事者だけが何もわかっていないという、
ものすごい逆転の事実も実感しました。

 

    *    *    *    *    *    *

 

繋がる電話があるから、と安心していたら、
NTTの固定回線のほうも翌日の午後から使えなくなりました。
受話器を上げても「プー」という音がしなくなったのです。
これは交換機のバッテリー切れによるものと報道がありました。
なるほどね、交換機も非常時にはそんなに長く持たないものなのね。
(昨日のうちにあちこち電話しておいてよかった。。。)

 

そしてイーモバイルも同じぐらいのタイミングで使えなくなりました。
ツールを起動しても圏外表示で接続できないんです。
圏外と言えばAUもWillcomもすべて圏外表示になりました。
これもたぶん基地局そのものに電気が来ていないので、
基地局として全く機能しなくなったのかもしれません。

 

私の親しい友人達は、
私の自宅が報道された閖上に近いこと、
名取市と隣接している区域であること、
名取川のそばである事などを知っているので、
みな心配しているだろうと思い、
こちらが元気であることを早く伝えたいのですが、
今度はこちらからの発信の手段が一切なくなってしまいました。

 

またイーモバイルが使えた地震当日と翌日までは、
何度か車から電源を取ってネットにつないでいたので、
半分あった車のガソリンも1/3まで減ってしまいました。
(車からの電源は携帯の充電にも使いました)
こうなってくるとたとえイーモバイルが復旧したとしても、
電気が通るまではこれ以上もうPCを使うこともできません。

 

ようやく5日目に電気が復旧し、
6日目に電話とネットが使えるようになり追って母のAUも復活。
私はすぐ数日ぶりにPCをネットに繋げたら、
メールやTwitterやFaceBookで私の安否を問う緊迫したメッセージや、
私宛の書き込みが沢山届いていました。

 

ということで皆さんご心配をおかけいたしました。
実は自宅は窓ガラス以外は大きな被害もなく、
水やガス(プロパンなので)は地震直後から使えていて、
しかも食料も豊富。
携帯用ラジオが二つと懐中電灯もローソクもたっぷりあって、
停電対策として冬場は台所に反射式ストーブを使っているため、
取り合えず暖房もある!みたいな感じでした。
(非常時の備えは全部過去の経験の蓄積かも。
宮城県は地震が多いので)

 

電気や電話やネットはなくても、
被災地の方には申し訳ないぐらい不自由のない毎日でした。
でもそれを誰に伝える事も出来ず非常にやきもきしました。

 

災害時って色々なものがすべて止まってしまうので、
大規模であればあるほど本当に情報が得られないし、
情報を発信する事もできないものですね。
一番怖いのは、災害の発生当初は、
自分達が必要な情報を得ていないという自覚があまりないことです。

 

なのでもし電話やネットなどがまだ繋がるのなら、
近くの友人よりもできるだけ遠くの親戚などに連絡を取って、
今どんな報道がされているのかを早急に確認するのも有効と、
つくづく思いました。

 

今回は東京に住む妹に随分助けてもらいました。
連絡の仲介役になってもらったり、
私から聞いた情報を自分のブログにも書いてくれたようです。
【仙台市太白区袋原は津波被害無し】
http://abre-glass.com/?eid=216
http://abre-glass.com/?eid=217
「太白区 被害」「津波 袋原」などのキーワードで、
随分アクセスがあったそうです。
牧ちゃん、ありがとう。

 

自宅近辺はわずかに空いているスーパーやGSに、
早朝から長蛇の列です。
燃料も食料もとても不自由でまだまだ辛抱の毎日ですが、
いつか必ずやってくる「普通の日」を夢見て♪
もうちょっと頑張ります。

 

 


 

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