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母と娘の勘違い(筍一本)

 

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ご近所から筍をいただいたので茹でました。
半切りにして茹で上がったお鍋はこんな状態。

 

このあと全部煮物にしようかな、と思っていると、
通りすがりに鍋を見た母がひとこと。

 

「これ、私も別な煮物に使いたいので、
全部煮ないで一本だけ寄せておいてね!」

 

その後、どれを残そうか迷ったので、
鍋ごと茶の間に持って行ってみせると、
「じゃね、これとこれ。」

 

「え?これとこれ?二本使うの?一本って言ったじゃない?」

 

「一本って言ったら筍一本でしょう。
これを一本なんて誰も言わない言わない。」

 

カチ~ン!そうかしら。うーん、いや、紛らわしいな。
なぜ「一本」と言わないのだ(笑)!
しかもなぜ「一本だけ」という少数派を表す表現をするのだ!
4分割したうちの2ブロックならまさに半分なので、
「だけ」じゃないでしょう、「だけ」じゃ、などと思いつつ。

 

うちの母は行った事のないお店の話をしても、
「そうだったね」という相槌を打つので、
家族中から「行ったことあるの!!」という突っ込みが入りますが、
「その相槌はおかしい!」と皆で言っても、
「どこが?」というぐらいの人なので、
言葉尻を捉えてどうこう言うのはもういたしません。

 

ですが、場合によっては、
「一本」と「一本だけ」が与える印象の差は大きいし、
「そうだね」と「そうだったね」では全然ニュアンスが違いますよね。

 

そして人はその小さなニュアンスで、
相手の真意や主旨を次々と判断しながら話を聞いているので、
現実がそれと違うと「え!」となっちゃうんですよね。

 

私と母の会話は、こんなエピソードが満載なので、
また出たらまた書きますね。

 

 

 

 

 

 

 

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人材育成コンサルタント、プロコーチ、研修・講演講師 笹崎久美子の外部ブログ。
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