スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

コーチング/「教えたい」と「教えられたい」

 

oshienai_w160.jpg

先日、「人が集まる!行列ができる!講座、イベントの作り方」
という本が、とても面白かったという日記をここで書きましたが、
その中で、私が(なるほどなぁ)と思った一節がありました。

 

著者の牟田静香さんは、
東京都大田区の男女平等推進センター「エセナおおた」で、
講座の企画や広報・運営などをされている方のようですが、
ある講座で参加者の交流を目的に、
話し合いを取り入れた内容を企画したところ、
二回目から若い人が突然来なくなったり、
各会終了後に取るアンケートの満足度評価が、
バラつき始めたそうです。
そこで、どうしてだろう?と思っていろいろ聞いてみたそうです。

 

以下は、その理由を述べてある本からの引用です。

 

---
すると、「参加者同士の話し合い」のときに、年配の人が若い人を「お説教する、あるいは若い人が委縮して本音を言いにくい雰囲気になっていたことがわかったのです。年配の人は、日頃から若い者に言ってやりたかったことをここぞとばかり言えたので、せいせいして、満足度が高い結果になったけれど、若い人には面白くない講座になってしまったのです。
---

 

著者の牟田さんはそこから、
様々な年代の人を同じ講座に入れると、
満足度に大きな差が出る事に気が付き、
「年齢別に講座をわける」という方法を思いつきます。

 

別な個所でも、若い男性が、
(個別に聞くと「関心がある」と答えているのに)
[男の料理教室] になかなか来ないのは、
自分達とは世代の異なる年配の男性ばかりが来ている点が嫌で、
そのため足が遠のいている事に気が付き、
49歳以下のヤング編と50歳以上のアダルト編に分けたところ、
両方とも人が来た!という成功事例を挙げています。

 

牟田さんの素敵なところは、
そういった年配者にありがちな傾向を非難することなく、
「満足度を高める」というシンプルな目的のために、
年齢を分けるという作戦を思い付き、
それを淡々と推し進めているところで、
そういった対処法にとても共感を覚えます。

 

講座の参加者は、講師には教えられたいと思っているけれど、
同じ参加者仲間に、「人生を教えられたい」わけではないので、
講座の最中もそこに配慮したファシリテーションを心掛けないと、
ダメだなぁ、などと思いながら読んでいました。

 

    *    *    *    *    *    *

 

ところで講座の中に、実際に体験できる場を設けたり、
ディスカッションを取り入れたりして、
参加者が何かの作業をしながら学んでいくスタイルのものを、
ワークショップといいますが、
実は このワークショップという言葉が、
私はあまり好きではありません。
(使いたくない言葉のひとつです)

 

自分としては、今ひとつイメージの定まらない横文字で、
どうしてもピンと来ないし、
ワーク(働く、作業する)とかショップ(売り場、仕事場)とかいう言葉が入ると、
面倒くさがりの自分としては、出かけていくのがなぜか億劫に感じます。

 

では、「体験型講座」「参加型講座」などと、
日本語で表記してみると、
ますます、何かの動きを強制させられるようでゲンナリしてしまい、
「だったら、メモを片手に講師のレクチャーを、
ただ、ボーっと聞いていたほうが楽でいい」と思ったりします。
この場合は、体験を通して感じたり気付いたりするのではなく、
受け身に徹して「教えられたい」気持ちが自分の中にあるのだと思います。

 

「人の知覚は人それぞれ(それを承認する)」というのが、
何に対しても自分が持っているベースの考えですが、
(この発想が非常にDiSCと相性がいい)
最近は、自分の中にあるそんな気持ちを形にして、
レクチャー形式でティーチング主体の講座を、
もっともっとやっていきたい気持ちが強くなっているところです。

関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

最新記事
最新コメント
管理人のホームページ
検索フォーム
プロフィール

笹ちゃん

Author:笹ちゃん
人材育成コンサルタント、プロコーチ、研修・講演講師 笹崎久美子の外部ブログ。
ホームページはこちらです。

カテゴリ
リンク
RSSリンクの表示
QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。