スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

失敗報告は先手必勝!

141735.jpg



昨日、チンゲン菜を茹でたら少し硬かったので、
家族の食事前に「ごめーん、硬くなっちゃった」
と、謝りました。


すると息子は「俺はこのぐらいがちょうどいい」


母も「全然硬くないよ?」


えっ?本当かしら?
いつも、このぐらいだと、ぶーぶー言うのにね。


息子もそう思ったらしく、
一瞬二人で目を見合わせました。


そして、「最初に謝ったじゃない?」
という結論になりました。


人間は不思議なもので、
自分で気が付いた相手の失敗には文句の一つも言いたくなりますが、
先に相手から言われた失敗には、なぜか寛容になってしまいます。


もちろん、内容によっては、
とても寛容にはなれない場合もあります。


ですが、少なくとも、
同じことを黙っていて、後でバレたときよりは、
怒られ方の度合いがかなり違うはずです。


理由は色々あると思いますが、
相手が頭を下げてきたことで、立場に大きな差が付き、
優位に立った側の心の余裕で、少し寛容になるのかもしれません。


または、返報性のルール(お返しの法則)が作動して、
相手が素直に打ち明けてきてくれた行動に対して、
こちらも何か報いてあげないといけない深層心理になるのかも。


私の大好きな本のひとつに、
「影響力の武器」という本があります。


影響力の武器―なぜ、人は動かされるのか



この本に中で紹介されている筆者のエピソードの中に、
こんな話があります。


筆者のロバート・チャルディーニさんが道を歩いていると、
ボーイスカウトの少年が近づいてきて、
イベントのチケットを買って欲しいと声掛けしたそうです。


ロバート・チャルディーニさんがそれを断ると、
「それではチョコバーを買ってくれませんか?
1本たったの1ドルなんです。」


ロバートさんは、チョコバーが好きではないのに、
なぜかそれを二本も買ってしまいました。
そして、後から「これは返報性のルールだ」と気が付いたそうです。


何に報いたのか?と考えて、
それは、相手の譲歩に対して、であると、
結論付けました。


チケット購入を断ったら、
相手は無理強いすることなく、
すんなり引いてくれた(譲歩した)。


その譲歩に対して、
こちらも譲歩、つまり「欲しくないけどチョコバーを買う」
という行為で報いたのではないか?ということです。


失敗の報告も同じようなことかもしれませんね。


大企業の情報漏えいだって、
下手に隠し立てすると、マスコミも世間も大いに騒ぎますが、
相手が先に発表しちゃうと、それほど炎上しませんよね^^


ちょっと方向性が違いますが、有名人の交際だって、
当人達が事実に反して知らんぷりをすると、マスコミは騒ぎますが、
最初に発表しちゃうとただのニュースですw


そんなことを考えるようになってから、
私はあまり失敗を隠さなくなりました。


小さいころからそそっかしい性格なので、
周りからよく怒られていたため、
段々、自分の失敗を告げることが怖くなっていました。


でもそれがバレちゃうと、
その事実でまず怒られ、黙っていたことでさらにまた怒られ、
これは余計に損だぞ?と思うようになりました(笑)


最近は、報連相の研修のご依頼も多くありますが、
「悪いことほど早く報告する」という報連相の鉄則は、
会社のためじゃなく、自分のためだと思っているぐらいです。


失敗報告ほど、先手必勝!だと思います。










スポンサーサイト

「怖い人」は客観能力が欠けているだけ

就職支援講座などを行うと、
辞めた職場の上司の方などについて、
女性の参加者から不平不満が出ることがよくあります。


「すぐに不機嫌になる」
「物言いがキツイ」
「カッとしてよく怒鳴る」


だから、怖かった。
耐えられなくて辞めた。


そういったものです。


あきらかなパワハラであれば、
それは断じてあってはいけないと思っています。


ですが、もし、そこまでではない、というのでしたら、
考え方を少し変えてみるとよいと思います。


「どうしてお互いにもっと気持ち良く仕事しようと思わないのか?」
「思いやりのある言動ができてこそのチームワークではないか?」


皆さんが口をそろえてそうおっしゃいますが、
私はある日、自分のことを考えてみました。


仕事で他人に腹が立ったことはなかっただろうか。
怒りたい気持ちを抑えて穏便に対処したことはなかっただろうか。
本当は怒鳴りたいのに、飲み込んでしまった言葉の数々。


そう考えてみると、ここでエラそうなことを書いている私だって、
心根そのものは、「怖い人」と全く同じであることに気が付きました。


ではなぜ、思ったままストレートに行動しないのか?


それは目の前の他人と無駄に波風を立てたくないからです。
「相手を傷つけたくない」という気持ちも、もちろんありますが、
ここで言い争いになったり、雰囲気が悪化してしまった時の、
対処法に明確な自信が持てませんし、
また、そこに無駄な時間と労力もかけたくありません。


入ったばかりの新人さんや年の離れた後輩なら、
ダメなことはダメと、もちろん、きちんと言いますよ。
キツイ言い方を承知の上で、わざと叱るときも、そりゃあります。


でも、普通の人はそんなときも、
相手との関係性を、はかりながら、
許容範囲の中で行動しているのではないでしょうか。


それは、自分が心に何のフィルターもかけずに、
ストレートに行動した時の、様々な影響が推測できるからです。
「こういったら傷つくだろう」「これを言ったら落ち込むだろう」
そういった結果が見えるからです。


ですがたぶん、「怖い人」たちは、
自分が他人にどんな影響を与えているかを、
察知する能力が不足していると思うんですね。


だからたぶん、周りの人たちが自分をどう思っているかも、
正確には把握していないと思います。
むしろ、好かれている、尊敬されている、と思っている人も、
いるかもしれませんね。
だから他人を傷つけている自覚も、あまりないと思います。


そう考えてみると、「怖い人」の言動に一喜一憂して、
ビクビクしたり、恐れたり、怖がったりするのは、
ちょっと違うのかもしれないな、と、最近は思い始めています。


私達はウラオモテがありますが、彼らはウラオモテがないのです。


ウラオモテのある人が、ウラオモテのない人と接すると、
どうしても表情や口調や手足の動きなどの、
ノンバーバルな情報をとらえて、
ひとつひとつに「怒っている」「嫌われている」「避けられている」
などと、意味づけしてしまいますが、
「怒る」「嫌う」「避ける」というのは、私達も普通にあることですよね。
けれど、それを取り繕って隠し立てしているだけです。


その、自分を客観視して、自分が他者に与える影響を認知し、
自分の本音がばれないように取り繕って隠し立てする力が、
欠けている人達。


そう思えば、少しは気が楽になるのではないでしょうか?


「怖い人たち」は、実はそんなに深くないのです。


深くない人たちには、こちらも浅く対応しないと、
本当の意味で、いいコミュニケーションが
取れないのかもしれませんね。



もうすぐ3月11日②

震災の次の夜


ラジオをやっていて思うのは、
震災(東日本大震災)をきっかけに、
生き方が大きく変わったり、
新たな活動を始めた人が、
とっても多いんだな・・・ということ。


もちろん大切なご家族を亡くされた方や、
家が流されたり壊れたりして、
生活が一変してしまった方は当然かもしれませんが、
そうでない方も、仲間を募ったり、
団体を立ち上げたりしているのを見聞きすると、
あまりそういう気持ちが湧き起こらなかった自分は、
冷淡な人間なのかな?と思ってみたりね。


震災後に何が変わったか?と問われれば、
たぶん私の本質は、何も変わらないな。


母が持っていた携帯ラジオや、
驚くべきことに翌日の朝、
たった見開き一枚の印刷でも、
配達されてとてもうれしかった河北新報で、
各地の惨状や死者・行方不明者の数を見ても、
思った以上に大規模な地震だったんだなぁ・・・と、
ぼんやり思うだけで、衝撃はありませんでした。


近場のスーパーは天井が落ちて開店できず、
個人商店やコンビニからは品物が全くなくなり、
ガソリンもスタンドからなくなってしまったという状況でも、
「世の中にはこういうこともあるんだぁ・・・」と、
ぼんやり感じるだけで、
いいとも悪いともあまり思いませんでした。


結局、人は狭く限られた現実感の中で、
目の前に起こっていることだけを見て生きているというのが、
正解かもしれないし、
または私に情緒的な共感力が欠落しているというほうが、
正解なのかもしれません。


ですが、多かれ少なかれ、
当時の私のようなまだまだ安定しない、
駆け出しの個人事業主には、
たとえ家族や家に大きな被害がなくても、
「今後の仕事は?」「この先の収入は?」
ということが最大の懸案事項だったので、
救援物資を知人に託しても、
被災地支援にお金を出しても、
そこから頭が離れなかったというのが、
本音かもしれないね。


それと同時に、たぶんこの思いは、
本当はもっと多くの人が感じていたはずで、
でも亡くなった方や、家が流されてしまった方を思うと、
とても本音は口に出せなかった、というのが、
真実じゃないかしらね。


写真は震災の翌日の我家の食事風景です。
電気が点かないのでローソクをともし、
お互いに見聞きしたものをあれこれ話しながら、
家族で夕食を取りました。
これはこれでなんとなく楽しくて暖かい時間でした。


※この写真は、佐藤正実さんのところの
20世紀アーカイブさんにもお渡ししたので、
ご覧になったことがある方もいらっしゃるかもしれませんね。


私は思うんですけど、東日本大震災は、
大きな悲しみと被害のあった未曾有の地震でしたけど、
たいていの被災地の人達は、なんとなくこうやって、
すごいことが起こったと思いながらも、
自分達の小さな生活圏の現実とだけ向き合って、
「早く電気点かないかなぁ」「早くガス来ないかなぁ」
「早くお店開かないかなぁ(営業再開)」
「早くガソリン来て欲しい」とだけ願って、
暮らしが普通になるまでの一か月間を、
過ごしてきたきたと思います。

独り言にしないで

図4



先日夕方ロッテリアに行ったら、
店内が結構混んでいて、
それでもよく見ると2~3席空いていたので、
目当ての席に近づいてみると、
椅子の上に薄いフリーペーパーが二つに折られて、
バサッと置いてありました。


前の人が読み捨てて行ったのだと思いましたが、
一心にスマートフォンをいじっている
隣の席の男性(オタク風)の持ち物かも知れないので、
念のため「これをよけてここに座ってもいいですか?」と尋ねると、
何を言われているかすぐにわからない様子でした。
「これは前の人のでしょうか?」と、もう一度聞き直すと、
何も言わず(わからない)という感じで曖昧に首をひねりました。


忘れて行ったのかもしれないな・・・


思い出して取りに来たらすぐに渡してあげられるように、
捨てずに横に置いたままその席に腰を掛けると、
目の前に人が立っていて、
「それ…」とフリーペーパーを指さしました。
彼氏と一緒の若い女性でした。


「あ?これ、忘れて行ったんですよね?
ここにありましたよ、はい、どうぞ。」
とそれを手渡すと、ひとこと、


「取られた。」


えっ?一瞬フリーペーパーの話かと思いましたが、
そうではなく、
それを置いて席を確保していたみたいなんです。
見たら確かに男性のほうが、
飲み物を乗せたお盆を持っていました。


あー、そういうことだったんですね!!!
すぐに意味が飲み込めて、大変申し訳ないと思い、
「すみません、ここ、取っていたんですね?
ごめんなさい、どうぞ、どうぞ」と、
席を代わろうとしたんですが、
彼女はそれには応えず、こちらを見もせずに、
彼氏のほうにブツブツ不満を述べながら、
向こうに行ってしまいました。



私は妙に後味が悪く、もう一度、
「あの…席、ここいいですよ?」を声をかけると、
彼氏のほうが人のよさそうな人で、
「いや、いいんですよ、大丈夫です。」と、
笑顔で答えてくれたので少し救われました。


それにしても、人に向かって、
「取られた」と吐き捨てるようにつぶやいて、
黙ってそのまま向こうに行っちゃうなんて、
失礼だし、とても感じが悪いです。
常識のありそうな雰囲気の女性だったので、
なおさら違和感を覚えました。


私の勘違いなので、
「そこの席、取っていたんですけど…」と、
ひとこと言ってくれればお詫びしてすぐに代わったのにな。
面と向かって嫌味のひとつでも言われた方が、
まだましな気分でした。


そもそも、
そのために置いたフリーペーパーだとわかっていれば、
それをどけて座ったりなんかしませんよー!
それが誤解のまま終わってしまったから、
私も嫌な気分になったんです。


    *    *    *    *    *    *


そういえば最近の若い人達は、
「関わって解決する」という事に後ろ向きだね。
前に書いた内容とも少しリンクしますが、
自分から人に関わるぐらいなら、
未解決のほうを選ぶ傾向があると思います。


でもそれだと日々を生きていくチカラが段々弱くなっちゃうよ?
自分が正しいと思うなら、そう主張できる手段を持たないと、
他人任せ、成り行き任せの人生になっちゃうと思います。
それで、◯◯のせいでうまくいかない、失敗した、できなかった、
というなら、その前に自分でも出来る事あるでしょう?
と、つい思ってしまいますが、
これがいわゆる「年」というものなのかしらね。


言いたい事があるなら、相手のいない「独り言」にせずに、
言いたい相手にきちんと伝えて欲しいよね。
それは相手の善意や誠意を信じていないってことだからさ。












自分を採用したいですか?

面接_w250



先週はハローワークで障害者と支援者の方達の、
面接対策講座のお手伝いをしました。
今週は水曜日に職業訓練の皆さんの就職対策講座を行います。


私は前職でスタッフを採用する立場にありました。
在職時にお会いした人の数は300人を下らないと思います。
コールセンターでしたので、学歴や資格よりも、
「お客様ときちんとコミュニケーションが取れそうな人か?」
という観点でたくさんの人とお話をしてきました。


そこでよく見ていたのは、
実は質問に対する答えの内容ではなく、
答え方のほうなんですよね。


言葉の隅々まで正しい敬語を使って、
ありきたりな模範回答をする人よりは、
こちらの表情やリラックスした感じを読み取って、
自分も少しだけカジュアルな感じになって話してくれる人は、
相手に応じて接し方を変えられる人だろうな、と思ったし、
気を許して少しだけ本音を述べてくれる人は、
その本音のほうに共感してつい聞き入ってしまったりしました。


今、未就業の皆さんの就職対策講座を担当して思う事は、
「評価される側」としての発想が強すぎて、
担当者の視点を全然感じ取ってくれていないのでは?
ということです。


「立派な回答をしてそこそこの人物と思われたい」
「仕事ができる人に見られたい」
「適切なアピールをしてぜひ採用されたい」


よく考えたらこれってすべて、
「◯◯されたい」という発想ですごく受け身でしょ?
しかも相手にお願いしているんですよね。
そんな雰囲気がにじみ出る応募者を、
採用担当者は果たして、
採りたいって思うでしょうか?ってことなんですよね。


たとえば皆さんが、部活やサークル活動の先輩で、
新年度に新しい後輩が入ってきた時に、
どんな後輩ならうれしいですか?


まずはその活動が大好きでやってきた人だよね。
それと何か頼んだら喜んでやってくれそうな人。
無愛想で何を考えているかわからない人よりは、
笑顔で明るくて人懐こい人がいいよね。
そうでなくても、しっかりしてそうな人や、
挨拶がきちんとできてやるべきことは淡々とやる人。
大人しいけど芯の強そうな人?


どっちにしても、先輩に好かれようと思って、
よいこの発言ばかりの人や、
心根があまりよく見えない人は、
なんとなくとっつきにくいでしょ?
あんまり一緒に活動したくないよね。


私、採用も全く同じだと思うんです。


自分をどう見て欲しいのか?
どう見られたいか?ばかりを気にするよりも、
相手にどう映るか?自分の好ましさをどう出すか?
つまり一度、採用する側の気持ちに立って、
「人」をよく見てみるといいと思います。


私はいいことを話そうと思って、
何か問いかけても下を向いて必死にカッコいい回答を探す人よりも、
少し不完全な内容でもすぐに答えてくれる人の方が好き。


何度も練習してきた長くて立派な志望の動機を、
こちらの相槌をうつヒマもなく、
読み上げるように一気に話す人よりも、
(本にはNGと書いてありますが^^)
「家が近いのでちょうどいいと思いました」
なーんて人の方が好き(笑)


※「家が近い」のは通勤が安定していることなので、
急な残業や休日出勤もやってくれるかな?などと思っちゃう。



無難な回答をそつなく述べる人よりも、
照れながらでもオリジナルな考えを述べてくれる人の方が好き。
多少スマートじゃなくても、
仕事へのあこがれや熱意がにじみ出ている人の方が好き。


尋ねてもいないのにあれこれと難しそうな事を、
知識を誇示するように延々と語る人よりは、
「わからないけどぜひやってみたい」
「経験はないけどやりたかった仕事なんです!」と、
目をキラキラさせてくれる人の方が好き。


もちろん業種にもよりますが、自分でそう思った時にね、
私が若い頃に経験してNGだった面接は、
そういえば、全然ダメダメだったなぁ…と思うわけです。


私は独立当初、今の仕事がなかなか立ち行かなくて、
ある仕事に応募して面接を受けたことがありました。
そのときは、自分のそんな経験を生かして臨んだら、
見事に合格したんです、倍率高いのにやったー!


(でもやっぱり今の仕事がしたくて、
ここであきらめたらダメだ、と思いキャンセルしました。
当時の皆さん、本当にすみません。。。)


なのでこれから採用面接を受けられる皆さんは、
一度でいいのでぜひ採用担当者に気持ちになって、
「自分を採用したいかどうか」と自問して欲しいんです。
あなた自身が今そのままの雰囲気で、
採用担当者としてのあなたの前に現れたら、
あなたはあなたを採用しますか?


そう考えてみると、どういう態度で接したらよいか、
どこをどう直したらよいかが、
自然に見えてくるのではないかと思います。

悪女の講座

261149_310845702322222_914359551_n.jpg



2013年1月は昨年答えられなかった4人の友人のリクエストに応えて、
「悪女の講座」シリーズを4つやります。


1/13(日)
日曜ささ塾 悪女の『タイプ分け』講座(うれしや/AM10:00)
1/21(月)
悪女の初心者集客術(仙台セミナーズ/PM19:30)
1/22(火)
Facebook講座~悪女の小さなビジネス活用術~(スタジオLUMO/PM14:30)
1/28(月)
悪女のコーチング講座(オレンジプロジェクト朝活/AM7:00)


詳しくは専用ホームページを作ったので、
そちらを見てね。
調子に乗ってバナーまで一気に作っちゃいましたから^^


悪女の講座と言っても、
別に違法行為や反社会的な事をするわけじゃないよ(笑)
始まりは友人達と半分シャレで開催した、
「悪女のコーチング講座」なのですが、
コーチングって対外的に少々怪しいイメージもあるため、
あまりいい印象を持っていない人も多いと思うんですよね。


それでそのときも、
「コーチングってなんか胡散臭くない?」
「コーチングってよくわかんない」
「コーチの人って周りに一杯いるけどたまに変な人もいるよね?」
「そうそう、なんか勘違いしている人とかね…」
という話になり、確かそのときは、
アイメッセージを使った褒め方を実演実験して、
「うわー、そうやって褒められるとうれしさが全然違う!」
という絶賛の反応を得たんです。


でしょ?うれしいでしょ?
そうやって褒めてくれる人なら心を開いていいと思うし、
素直に言う事聞いちゃおうかな~♪とか思うでしょ?


下世話で乱暴な言い方をすればコーチングっていうのは、
そういった「接し方のコツ」をきちんと正しく使いながら、
相手と自分との人間関係を良好にして、
「あわよくば、相手を変えちゃおう」みたいな目論見を持ちつつ、
相手の人をいい方向に軌道修正していく面談技法みたいなものよ。
と、言ったのだった。


そしたら、仲間達が「そういうのだったら知りたーい!」
と騒ぎ始めて(笑)、じゃ、やりましょうか?という話になったのが、
そもそものスタートでした。
というか、もっと本当のお話をすれば、
その講座をネタに、会場になる友人のお店に、
一杯人を呼びたいね、という目的だったのですが。


    *    *    *    *    *    *


さて、正統なコーチング的には、
上記の説明に誤りがあります。
間違っている箇所は以下です。


「あわよくば、相手を変えちゃおう」みたいな目論見を持ちつつ、




コーチングではコーチが相手を変えるのではありません。
相手が自分で変わるのを、コーチはあくまでもお手伝いする考えです。
そんなあなた、くれぐれもコーチは「オレがあいつを変えてやった」
などとは思ってはいけません。
だからまともなコーチングの本にはそんなこと一言も書いてません。


でもね、コーチングを学んでちゃんと身に付けたい人のほとんどは、
「相手をなんとしたい」んですよ。
家庭や職場で思い悩んだり頭を抱える"具体的な誰か"がいて、
その人をどうにかしたいと思っている人が多いんです。
だったら相手を変えたい人向きに本音の講座なんていいよね。


ですがさすがにそれを胸を張って堂々と、
コーチング講座と謳う事は誤解を招くので、
なんか邪道なネーミングはないかなぁと考えて思いついたのが
悪女の講座でした!これだと少々ワルな感じがいいな~と思って(笑)


    *    *    *    *    *    *


私はコーチングを学んで実践するようになってからは、
成功事例もたくさんできたし、
やはりコーチングは確実に成果を出せる手法だと思うんです。


だから、本当に相手を変えたいのであれば、
褒めるところは褒めて認めるところは認め、
相手の言い分に十分耳を傾けて、
あるときは肯定し、あるときは質問し、
あるときは提案したり譲歩したりしながら、
相手の言い分を否定することなく接していけばいいのですが、
これがなかなかできない。


なぜか。


それは相手の変化や成長を望むよりも、
「あなたのせいで困っている私の気持ちをわかってよ」
のほうが勝ってるからだと思うんですね。


だから自分と全く正反対の考えが出ると、
「それはおかしい」と言いたくなるし、
「間違っている」と断じたくなるし、
正論を述べて説教して説得して、
是が非でも直しく欲しくなるわけです。


でもさ、それって「私の言い分が正しい事を認めろ」じゃん。
そして「私の意見に従え」じゃん。
結果的に「私の言うとおりにして私を楽にして」じゃん。
つまり「あなた」より「私が大事」の視点じゃない?


そんな自己都合が少しでも見え隠れしたら、
相手は絶対従わないし考えは変えないし、
望む結果は得られないと思うんですよね。


だから本当に自分の望む結果を手にしたいのなら、
自分に感情にこだわったらダメよね。
コーチングで「私の言う事もわかって」と少しでも思ったら、
それは負けです。自分の感情は切り捨てないと結果出ないの。
それができないのなら、目的意識が弱いと思わざるを得ません。
(厳しいでしょ?(笑))


あなたに本気で目的があるのなら、
感情抜きで手法に徹しましょう。
もっと人に対して冷静に戦略的になりましょう。
戦略的に褒める。戦略的に認める。戦略的に傾聴する。
そして戦略的に質問しフィードバックする。


だ・か・ら 「悪女」なのですよ(笑)
だ・か・ら 「悪女の講座」なのです。



【満席終了】「うれしや」悪女のFacebook講座

この講座は終了いたしました。多数のご参加ありがとうございました。


DSC_0076_w200.jpg



前の記事でもお知らせいたしましたが、
友人の足立千佳子ちゃんのお店「うれしや」さんで、
満月ささ塾という継続講座を行うことになりました。


これは私が、「勉強したい・覚えたい・習いたい」と思っている、
素敵女性の皆さんに無料で提供する、
様々なテーマの無料セミナーです。
(素敵女性を応援してくださるなら男性でも大歓迎!)


お仕事で活躍している女性が、
目的を持って戦略的にスキルを使えるように、
「悪女シリーズ」といたしました(笑)


その記念すべき第一回は、リクエストの多いFacebook講座です。


講座では、初めての方、使って間もない方、
アカウントはあるけどよくわからないので放置している方に、
これだけわかればすぐに使える最低限の利用方法と、
可愛くて憎めないFaecbook悪女になるためのポイントを、
ピンポイントで解説いたします(笑)


満月ささ塾Vol.1【悪女のFaebook講座】

◎主催/うれしや
◎日時/2012年06月05日(火)20:00~22:00
◎会場/うれしや 和室 仙台市若林区新寺3-12-32
※会場についてはこちらをご覧ください。
◎会費/無料 (ただし「うれしや」さんで日替プレート¥800を頼むこと)
◎講師/コミュニケーションプロコーチ 笹崎久美子(たまにPC&IT講師)
◎準備/当日はなるべくPC、スマートフォン、携帯電話をご持参ください。
無線LAN環境をこちらで準備いたします。
◎申込問合/満席のためお申し込みを締め切りました。




フォームがうまく表示されない場合は、
別途こちらのフォームメールからお申込み・お問い合わせください。


最新記事
最新コメント
管理人のホームページ
検索フォーム
プロフィール

笹ちゃん

Author:笹ちゃん
人材育成コンサルタント、プロコーチ、研修・講演講師 笹崎久美子の外部ブログ。
ホームページはこちらです。

カテゴリ
リンク
RSSリンクの表示
QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。